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カラムとセフィーの物語 [舞台]

2010年 文学座アトリエ60周年記念公演「カラムとセフィーの物語」
10/5、19:00の回、見てきました。

アトリエのお芝居は何度か見ているのですが、いつも割とメッセージ性が強いというか、難解なものが多いように感じていたので、今回もそうなのかなと思っていました。
今回はそんな思いを、良い意味で大きく裏切られました。
メッセージ性は強かったと思うけれど、私にとっては、本当に面白かった。
それに、何度かうるうるって涙ぐんでしまいました。

最初にセフィー(渋谷はるか)が登場したとき、セリフ回しがちょっと早いかなって感じたのですが、見ているうちに全くそんなことは気にならず、カラム(亀田佳明)との掛け合いにぐいぐいと引き込まれてしまった。
セフィーもカラムも、それぞれの家庭にそれぞれの問題を抱えながら成長していくのだけれど、そういうことって、どこの国の誰にでもきっとあることだろう。
ラストでセフィーの強さや毅然とした態度に、女として共感できました。
舞台終了後、心から拍手をしていました。

白人と黒人の現代版ロミオとジュリエットのようなお話です。
幼なじみのカラムとセフィーは人種が違う。
そんなことは気にせず、幼い頃はただ一緒にいたふたりなのだけれど、成長するにつれ、お互いの気持とはうらはらに、周囲がふたりを引き裂こうとします。
すれ違いながらも、お互いの気持ちを確かめ合うふたり。
やがてふたりの愛は悲しい結末へと向かっていくことになるのですが……。

原作は1962年生まれのイギリスの黒人女性作家、マロリー・ブラックマン。
「コーラムとセフィーの物語」という邦題でポプラ社からも出版されています。
今回このお話を初めて知ったのだけれど、イギリスチルドレンブック賞を受賞しているということで、もともと子供向けに書かれたお話だったのですね。

原題は「Noughts and Crosses」。
◯X(まるばつ)のこと。
アメリカではこう言うのですね。
小学生の頃、休み時間などのちょっとした合間に、友達と遊んだことを思い出します。
永遠にまじりあえない◯とXは、永遠にまじりあえないふたつの人種の象徴として登場します。
役者さんたちが、顔に◯やXを貼りつけて登場するシーンもあります。
目の前の黒い床の空間が、あるときは海辺、あるときは学校の教室、あるときはセフィーの部屋、などと目まぐるしく変わるのだけれど、それが今回は全く不自然ではなく、わかりやすかった。

アトリエのお芝居って、目の前で役者さんが走りまわるので、その振動が直接伝わってくるし、水などを使うと、こちらにもはねたりすることもあるし、時には息遣いまで感じられるときがあり、とにかく一体感というか、迫力があるのです。
また今回は音楽も生演奏で、雰囲気をとても盛り上げていました。

上演時間は結構長いです。
今回も19:00過ぎに開演し、途中休憩一回をはさみ、終了したのは22:00ごろでした。
でも今回は時間が全く気にならなかった。
とにかくカラムとセフィーの恋愛や生き方がどうなるのか気になって仕方がなかったのです。
10月14日(木)まで上演しています。

文学座アトリエのお芝居は、役者さんを身近に感じることができるので、お芝居好きでまだ一度も鑑賞していない方は是非一度鑑賞してみると良いと思います。
ただし椅子がパイプ椅子のうえ、会場はいつもちょっと涼しめ。
ひざ掛けか一枚多めに上着を持って行くほうがいいかなって思います。
またマスクや飴玉(そう大きな会場ではないので、咳き込んでしまったときに役立ちます)を持っておくと完璧かも。


コーラムとセフィーの物語―引き裂かれた絆 (ポプラ・ウイング・ブックス)


「コーラムとセフィーの物語―引き裂かれた絆 」
(ポプラ・ウイング・ブックス)
二日ほど前には2冊残っていたのに、品切れになっちゃった。
残念!!

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